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Chapter 5

「アリスに、会いたいな…」

掛け布団と毛布の中にロザリーさんと一緒に包まっていると、ロザリーさんのつぶやきが聞こえた。その声はそわそわしていて、頼りなくて。

でも、わたしはねむくて…うとうとしながら、しゃべり始めた。

「…アリスに会うには、きっと、ここじゃない、どこかに行かないとね…。アリスって、…どこに住んでいる子なの?」

「わからない。どのような場所に住んでいたのか、わたしはその光景を鮮明に思い出せる。だが、国名や地名となると、…全くわからない」

「アリスって…外国の子なのかな…どんな言葉をしゃべるの?」

「それも、わからない。ここ数ヶ月ネネと一緒にこの世界を学んだ知識によると、おそらくアリスは日本語ではなく、ほかの言葉でわたしに話しかけていたのだろう。だが、わたしにはそれが何語か、わからないんだ」

言葉はわからないのに、どうしてアリスとお話できたの。

「おそらく言葉そのものではなく、アリスの気持ちを直接感じとっていたのかもしれない」

そっか…。わたしはどんどん、うとうと、うとうと…。

「アリスに会いたい。ただ、元気に成長した姿をこの目で見るだけでいい。次の満月までと契約して借りた、わたしのこの仮初めの体が、…消えてしまわぬうちに…」

…わたしは夢の中へ吸い込まれて…そのあとの言葉はわからなかった。




「ネネ、弁当を忘れているぞ」

「あっ、せっかく作ってくれたのにっ、ごめーん!いってきまーす!」

「あぁ、またな」

ネネが学校へ出かけたのを見送ると、わたしは早速、どうやったらアリスに会えるのか考え始めた。

わたしにあるのは、断片的な、だが鮮明な光景の記憶だ。アリスへ繋がる手がかりは、わたしには…これしかない。これを元に、どうすればアリスの居場所を突き止められるだろうか。

今まで命を奪ってきた名も知らぬ女の子たちの住んでいる場所ははっきりとわかったのに、アリスの住んでいる…あるいは住んでいた場所はまったく分からない。調べ方すら、わからない。…皮肉なものだ。

つけっぱなしになっていたテレビを見ながら一人で考えていても、アリスのことに繋がりそうなことは分からないだろう事はわかった。天気予報によると、今日は終日曇りで、晩秋のような寒さだそうだ。

…アリスの暮らしていた場所は、このような感じの天候が多かったようには思う。

…そうだな…

では、帰ってきたら、あの頃のように、暖かいお茶でも飲みながら、ネネに相談してみよう。

***

**

「アリスの住んでる場所の調べ方…かぁ」

「あぁ。全く、思いつかなくてな…何か、いい方法はないだろうか」

「うーん、なかなか難しそうだね。そうだね…アリスの名字とかは、わかる?」

「名字、か…アリスは友達からも、パパやママからも、アリスとだけ呼ばれていた。その事なら、覚えているのだが…」

「そっか…名字が変わってる人なら、スマホで検索すればSNSのアカウントの写真が出てきたりするかもしれないけれど…」

「顔を一瞥すれば、アリスであることはすぐに分かるだろう。大人になっていたとしても」

「でも、アリスさんは、きっと、この地球世界に、何千人も、何万人、何十万人っているよ。もしこの中に居るとしても、顔の一覧をずっと見るだけで、何年も掛かっちゃうよ」

ネネは、そう言いながらスマホという絵が出る板を見せてくれた。スマホはテレビと違って、ネネの呼びかけに応じて様々な情報をみせてくれる。それを見ると、「アリス」という名前の人の顔写真がずらっと並んでいた。次から次へと顔は表示されるが、わたしの会いたいアリスの顔は、どこにも無い。

「あとは…そうだねぇ…図書館に行くとか?」

「図書館?」

「うん、大きな本棚があってね、いろいろな本がたくさん置いてあるところ」

「その中には、アリスの居場所がわかりそうな本があるのか?」

「そのものズバリ!はないかな。でも、どんな国に住んでたのかは分かるかも。いろいろな国に旅に行った人が書いた本があったりするから、それをたくさん読んだら、何かヒントになるかもね…」

「ふむ…そうか。ネネは、よく図書館に行くのか?」

「ううん、たまにね。小説を借りに行ったり…あっ、そうだ!」

「うむ、どうした?」

「ロザリーさん、アリスとよく絵本を読んでたんでしょう?」

「あぁ。寝る前は、いつもアリスが読み聞かせてくれた」

「そのお話を、わたしにもたくさん聞かせてよ」

「…なぜだ?」

ネネの思いつきはいつも唐突だ。だが、順序立てて聞けば、大抵筋は通っている。大抵は、だが。

「いろんな本を読み聞かせてくれたんでしょう?」

「あぁ、毎晩のように」

「その中には、日本語に翻訳されてる絵本もあるかも」

「…つまり、それらの絵本の著者の国を調べるということだな?」

「そういうこと!」

「しかし、それでは調べられるのは国ぐらいのものではないだろうか」

「場所はね。でもそれだけじゃないよ」

「どういうことだ?」

「ロザリーさんは、アリスと別れてから、何年間もずーっと外に居たんでしょう?」

「…そうだな。おそらく、おおよそ10年ぐらいだろうか」

「アリスと一緒に読んだ絵本が、いつ書かれたものかも調べるんだよ」

「…ふむ。すると、アリスの住んでいた国と、アリスとわたしが一緒にいた時代が分かる、ということか」

「そうそう!」

「それだけで、アリスの居場所へたどり着けるだろうか?この日本という国は世界の中では小さな国に分類されるそうだが、それでも大分広い。今でもニュースでは聞きなれない土地名ばかりだ」

「そうだね、それだけじゃ難しいと思う。でも、国と時代が分かったら、ロザリーさんのほかの思い出が役に立つと思うよ。例えば、天気とか。日本にはね、全然雪が降らない所もあれば、たまに降るところもあるし、すっごく降るところもあるんだ。アリスとどんな天気の所に住んでいたかは、ロザリーさん、きっと覚えてるよね。それも手がかりになるんじゃないかな」

「なるほど、少しずつ絞り込んでいくわけか。…わたしは少し焦りすぎていたかもしれないな」

「そうそう、ちょっとずつね。それが捜査の基本だよ。…なんだか、わたしたち探偵みたいだね」

「探偵、か…。探偵の物語も、読んでくれた事があったな」

「なにそれ!早速聞かせてよ」

「わかった。その前に…もう一杯、ゆず茶を入れてこよう。結構長い話でね。きっと喋っているうちに喉が乾いてしまう」

「ありがと」

***

**

「…それ、きっと『シャーロック・ホームズ』のどれかだよ」

「そうなのか?」

「うん、わたしは読んだことないけど…そんな話だって、どこかで読んだ気がする。…アリスって、すごいね。小さいのに、そんな難しい本を読んでたなんて」

「難しいのか?」

「うん、少なくとも、子供のための絵本じゃないね。大人も読むよ。誰が犯人なのか、一生懸命考えながら」

「あぁ、たしかに、他にもたくさん本を読んでくれたが、あの本にだけは絵は無かった。アリスがこの本を読み聞かせてくれた後は、だれが犯人なのか、わたしに推理を熱心に話してくれたよ」

「当たった?」

「途中で何回か推理は変わったのだが、どれも大はずれだった」

「あははっ、そうだよね」

「ところで、その『シャーロック・ホームズ』の作者は、一体どこの国なんだ?」

「ええぇと…たしか、100年以上前の、イギリスの人の小説かな?でも、すごく人気がある本で、世界中で、今でも読まれてるから…。日本でも大好きな人は、今でもたくさんいるし」

「それだけでは、特定は難しいか」

「そうだね。でも、他の本も教えてくれたらきっと分かるんじゃないかな。国によって、人気のある絵本は違うと思うよ」

「そうか…」

「だから、図書館に行こ!」

そう言いながら、ネネはわたしの腕を掴んだ。

「今からか?もう夕方だが…」

秋になり、日も短くなってきた。もうそろそろ夕焼けが紺碧色に変わるころだろう。

「うん、この国の言葉に、『善は急げ』っていうのがあるんだよ」

「どういう意味だ?」

「良さそうな事を思いついたらすぐやろう!…とか、そんな感じの意味だよ!」

「…本当か…?」

「いいからいいから!ロザリーさん、図書館に行こう!たぶん、今から行っても、二時間ぐらいは探せると思うよ」

「わかった。では、急ごう」




ロザリーさんと、勢いで図書館に来ちゃった。

…うーん、どうしよう?

わたしがいつも読むのは、日本の小説ばっかりだし…昔読んだ絵本のことは、もうあんまり覚えてないし…。

とにかく、子供向けの本のコーナーに…たしか、こっちだっけ。

「あっ、『世界の絵本と地図展』だって!今日までみたい」

「…幸運だな」

「うんうん、だから、『善は急げ』って言ったでしょ?」

「…たまたま、だろう?」

「ま、まあね。でも、急がないと、運は逃げちゃうんだよ?閉館までそんなに時間は、もう無いよ!」

「…そうだな。急ごう」

わたしはロザリーさんと一緒に、イギリスのコーナーから見ることにした。

「どんな話か、ちょこっとだけでも教えて?わたしも少しは手伝えるかもしれないから」

「ありがとう。そうだな…うさぎが服を着ている絵本や…小さな羽の生えた人間の妖精が出てくる絵本が、アリスのお気に入りだった。

 あとは…そうだ。アリスという名前の主人公が出てくる本も読んだな。同じ名前だからと、アリスは嬉しそうでね、本を読み終えても、続きをわたしと一緒に考えたくらいだ。前、ネネに着てもらうためにこしらえた服があっただろう?主人公は、あんな感じの服を着ているんだ。

 …そうそう。アリスは魔法使いの出てくる話がとても好きでね。そんな本もたくさん読んだ。その中でも…そうだな、魔女を探しにブリキ缶の人形と冒険する話は、表紙を見ればひと目でわかるはずだ」

「…それって、もしかして、これ?」

わたしはロザリーさんの話を聞きながら、「ピーターラビット」と、「ピーターパン」と、「ふしぎの国のアリス」と、あと「オズの魔法使い」を取った。

「すごいな。あぁ、その4冊で間違いない。絵に見覚えがある」

「このうちの3冊は、イギリスの人の書いた本だよ!…うーん、でも、どれもわたしが昔から知ってるくらいには、今でも世界中で人気だし…」

「やはり、難しいだろうか?」

他に何か手がかりは無いかな…。

「あっ、日本語訳のない本もあるみたい。…これとか、見覚えある?」

わたしは「Our Island Story」と書かれた本を取って、ロザリーさんに見せた。…たぶん、タイトルからして、歴史の話だよね。歴史の話は絶対に国によって違うから、ヒントになるかも…。

「…ははは。それか。懐かしいな」

「知ってるの?」

「あぁ。アリスはその本は嫌いなんだ。面白くない!ってね」

「そうなんだ」

「でも、最後まで一応読んだんだ。家庭教師の先生に、次の授業までに読みなさいって言われたからと、ふてくされながらね。内容は殆ど覚えてないけれど」

「じゃあ…たぶん、間違いないよ。アリスは、やっぱりイギリスに住んでた子じゃないかな?」

「そうか…一人でいくら考えても全く分からなかったのに、ネネに相談しただけで、ここまですぐに分かるとは思わなかった。お礼を言おう。そうだ…時代はどうだろうか?アリスは今、いくつぐらいに成長しているのだろうか」

「うーん、ちょっとまってね。…どれも、すごく古い本みたい。シャーロック・ホームズもそうだけど、どれも100年以上前の本だよ」

「ふむ…そうか…」

「ちょっとまって、新し目の本もあるから、いくつか見てみよう?」

「あぁ、そうだな」

***

「これには、見覚えはないな」

「そっか…じゃあ、この1941年の本がロザリーさんが見覚えのある絵本の中で、一番新しいものだね。この本は戦争の時に描かれた絵本なんだって。スマホで調べたけど、今はもう資料的価値があるだけで、作品としての人気はないみたい」

「…今は2024年だろう?80年も前か…。アリスは、…もしかして、もう…」

ロザリーさんの表情はみるみる曇って…

「…おばあちゃんかもしれないね」

「…そうだな」

「今日は遅いから、もう帰ろう?」

「あぁ」

80年以上も前の女の子の、今の居場所はどうやったらわかるかな。生きてたとしても、おばあちゃんだよね…SNSに登録してるかな?アリスと捨てられ…ううん、別れてから10年ぐらい経ってから死神と契約したんだって言ってたけど、70年間の間、ロザリーさんはどこに居たんだろう。

頭の中には疑問がいっぱいで、ベッドに入ってもなかなか寝れなかった。ロザリーさんは、明日も学校だろう?わたしのことより、そちらのほうが大事だ。早く寝なさい、と言ってくれたけど、そんなロザリーさんも、眠く無さそうだった。

どうすれば、わかるかな。